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2009.09.30

アンパンマンの道徳の授業

色々と眺めていたらこのページを見つけた。

4年「アンパンマンの心」(授業記録)


ああ、なるほど、アンパンマンを題材にして道徳の授業をする人の気持ちは分かるなと思った。

けれども、この授業内容と生徒の反応を見ていて少し違和感を感じた。
違和感の原因は、生徒たちの結論の誘導先が「アンパンマン優しい人、見直した」という方向だからな気がする。


仮に僕が今の小学生にこの題材で教えるとしたら、どうやってどういう方向性にしたいのかなと思った。

僕は、昨日この歌詞自体にはあまり正義的なことは感じなくて、どちらかというと「生きること」に主軸が置かれていると思う。
そして、「そんなのイヤだ」と、かなりがむしゃらな雰囲気を感じる。

僕はそう思うんだけれども、生徒たちの反応を眺めていると「やさしい」とか「励まし」とかそういうところにある。
この歌は優しいのが重要だと言っているのだろうか。
「自分が痛くても、人が喜んでもらうものはどんなにいいことか」と生徒の感想にあるけれども、この歌詞の自分が痛くてもの箇所は、生きる喜びにかかっている。
つまり、どんなにいたくても、生きる事が嬉しいということだ。


この先生はあんパンのマーチの後に「アンパンマン雑記帳」を見せているけれども、僕だったら「手のひらを太陽に」を見せるかな。
手のひらを太陽にの歌詞は、アンパンマンのマーチ以上に「生きる」が主軸。ひたすら生きる事を連呼。

この2つの歌詞が同じ作者によって書かれていると言うことを踏まえると、「指示1:やなせたかしさんがいちばん伝えたかったことは、何だと思いますか。」の答えは「生きる事」という方向性になるんじゃないかなと思う。


で、最初に戻ると、仮に僕がアンパンマンのマーチをテーマに道徳の授業をするならば、優しさというよりも、生きる事をテーマにしたいだろうなと思う。
特に今の小学生相手ならばなおさらだ。
「どんなに辛くても生きる事が嬉しい」
「自分が何をするために生まれて、何をすべきか」
「自分の幸せとは何か」
「いつかは終わる自分の人生でそれを必死で追い求める」
といったようなキーワードは、かなり泥臭くて、今の時代には流行らないように思う。

中二病的な発想ならば、
「目的なんていらないよ、楽しければ良いじゃん」「つーか、死にたい」
といったような台詞がカッコイイとされるんじゃないだろうか。

それを踏まえて資料のアンパンマン雑記帳を読むと僕は

アンパンはぼくの食道にしみ、胃の粘膜(ねんまく)にしみ、心にしみた。ぼくは甘美な恍惚感(こうこつかん)にひたった。

の一行が一番印象的に思う。

僕も含めて飽食の時代、生きる事を実感しない人生で、そうじゃないんだよ、「生きる事にもがいてみろよ、イヤだと叫びながら」ということかな、テーマにするとしたら。

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